MUJ2024

【Mrs. Universe Japan 2024 Finalist】No.14 北原洋子 YOKO KITAHARA ~【心の声】は自分らしい人生の道しるべ~

皆さまこんにちは。

7/23(火)に行われる、ミセスユニバース日本大会ファイナリストの皆さまをご紹介しています。

ミセスユニバースはWomen Empowerment =女性の社会進出をテーマに行われている大会です♡

こちらの記事では、数多くの応募者の中から、ファイナリストになられた皆様について紹介いたします!

北原洋子さん】プロフィール

勇気の鍵で挑戦の扉を開ける

初めまして!
ミセスユニバースジャパン2024ファイナリストの北原洋子です。

ミセスユニバースに応募しようと思ったきっかけ

私は、小さい頃、人前に出るのが大好きで、歌手になるのが将来の夢でした。

しかし、中学に入り、赤面体験をからかわれたことがきっかけで、重度の赤面恐怖症になりました。

いつしか私の夢は、私の人生から1番遠いところに行ってしまいました。

症状は35年間続きました。

人生の岐路である進学や就職でさえ、赤面の恐怖が先回りして邪魔をしてきました。

本当の自分で生きてないようで、自分も自分の人生も大嫌いになり、生きる意味が見出だせない日々でした。

そんな中、足を1本失った状態の犬と出逢い、「助けたい」という【心の声】に気づき、勇気を出し探し続けました。

そこから、心に従って生きる人生がスタートしました。

すると、あんなに大嫌いだった自分のことが、少しずつ愛せるように変化していきました。

そして、全ての自分を丸ごと受け入れられた日、長年苦しんでいた赤面恐怖症は、その日を境に消えてなくなりました。

囚われから解放された私は、喜びと同時に、過ぎた35年を大変悔やみました。もう50近くになっていました。

人生の後半で、今の私に一体何ができるのかと悲しくなりました。ふと、どこかに行ってしまっていた子供の頃の夢を思い出しました。

人前に出たいという願望が、心の奥で目を覚ますのを感じ、2023年4月から、TikTokでLIVE配信に挑戦していました。

その時に、当時ファイナリストだった雨松美菜さんとご縁が繋がりました。

美菜さんは、ご自身の人生そのもので、多くの方を救おうとされていました。

その姿に、勇気と生き方のヒントをいただきました。そして、今度は私が与える側の人になりたい、一歩踏み出せないでいる人々の背中を押したい、そんな思いが沸き上がりました。

あれほど人前が恐ろしかった私が【心の声】に従い、本当の自分に戻れたことで、ミセスユニバースジャパンの大舞台に立てるまで変われた。

囚われからの逆転人生は存在するということを証明し、人生がストップしている方へ、勇気と生き方のヒントをリレーする為、応募の決意をいたしました。

【心の声】は自分らしい人生の道しるべ

人生で悩んでいた時期について教えてください

子どもの頃の夢は「歌手」でした。人前で歌や演劇をするのがとにかく楽しくて、小学校では学芸会が大好きでした。ピンクレディーに憧れ、大人になったら、自分もステージに立つことを夢見ておりました。

ところが、中学に上がり、人前で赤面したことをクラスメートにからかわれ、そのたった1度の出来事がきっかけで「赤面症」になりました。

気にすればするほど症状は悪化し、あっという間に重度の「赤面恐怖症」に移行しました。

進学や就職、重要な人生の岐路でも、頭の中が赤面の恐怖に支配され、思うようには進めませんでした。

そんな自分も自分の人生も大嫌いになり、何の為に生きているのだろう、消えてしまいたいと絶望を感じる日々が、48才になるまで35年間続きました。

人生が上手くいかないことを、全て「赤面恐怖症」のせいにして、そこから抜け出せないまま隠れるように生きておりました。

赤くなって可愛い、シャイ、気にしなければいいんだ、そんな言葉がかけられる度、自分はくだらない事で悩んでいるのかと、ますます自分を追い込みました。

赤面症がバレないよう隠すことばかりに必死で、生きた心地がしない毎日は、常に恐怖と隣り合わせでした。

その中でも1番悲しかったことは、結婚式当日でした。私にとっては、人に見られる最も恐ろしい日でしかありませんでした。

何もかもが楽しめない、情けなくなりました。

赤面しては自己嫌悪の繰り返しでした。

苦しい思いをしながらも希望の光はありましたか?

そんな中、2020年3月23日、帰宅途中の峠道で、左前足を失いヒョコヒョコ歩く、3本足の犬に出逢いました。

私はラブラドールと思い、なぜそんな犬がここに?とっさに捨て犬だ「助けなきゃ」と思いました。

ですがその直後には、「無理だ」とも思いました。

何もできず現場を離れ帰宅した後に、私が私に聞いてきました。 お前はどっちで生きたいんだ? …と。

私はそこで、「助けたい」という本当の自分の【心の声】に気づきました。

その時、自分の中にある、とても尊いものを見つけたような気がして、大切にしたいと思いました。

直ぐに現場に戻るも、犬の姿はもうどこにもありませんでした。その日から私の犬探しが始まりました。

それは同時に、赤面恐怖との闘いでもありました。

作成したチラシを持ち、周辺の聞き込みとチラシ配りをしました。情報が入らずそのうち広範囲になっていきました。

「飼い主以外が勝手に探し回っていいのか?」と、批判の声が耳に届きました。

市役所からも愛護団体からも、飼い主以外が探すのは前例がないという理由で、何も協力は得られませんでした。

それでも私は【心の声】に従い、探すことを止めませんでした。私の顔は毎日赤面し泣きたくなりました。

面白いことに、探し続けるうち、自分のことが少しずつ好きになっていくのを感じました。

あんなに大嫌いだった自分のことが…。何が起きたのかと、そこから自分の内側にフォーカスするようになりました。

外側の声を振り払い、勇気を出して探し続ける自分が、とても愛しいことに気づき、涙が溢れました。

情報が集まり始め、翌々5月11日、やっと犬に辿り着きましたが、信じられないことに、今度は左後ろ足を失った2本足の姿になっておりました。

それでも私の【心の声】は変わらず「助けたい」でした。

5月15日、犬は家族になりました。

探している時に呼んでいたそのままの、ポッド(Tripod=三脚)という名前を最初にプレゼントしました。

犬との出逢いにより【心の声】に気づき、生き方が変わりました。

犬探しを通し、大嫌いだった自分を愛せるようになりました。

それは人生を変える第一歩になりました。ですが、まだまだその時は、赤面恐怖症の私のままでした。

それでも、なかなか上手くいかなかったことはありましたか?

2本足の状態では、排泄などがままならない様子を見て、私はポッドに義足を作り左前足に履かせました。

3本足に戻ったポッドはまた歩けるようになりましたが、野良犬時代が長かったのか躾がされてなかったのか、散歩に連れて行こうにも急に走り出したりと、今度は、力が強くコントロールがきかない大型犬は、大変なことが分かりました。

私の首と腰は同時に悲鳴を上げ、このままでは私も辛いけれど、ポッドの為にもならないと、直ぐにドッグトレーナーを探しましたが、ハンディを理由に断られました。

ただ1件、連れておいでと仰ってくれたのが、セラピードッグのトレーナーでした。

その頃、子ども達が通う小学校では、保護犬の活動が始まっていました。

何頭も学校に来てくれて、中にはハンディのある犬もいたと聞き、それなら頑張るポッドのことも、皆に紹介できるのではと思い連れて行きました。

子ども達に囲まれ、優しく撫でられ穏やかにしているポッドを見て、人が嫌いじゃないなと感じました。

そして、私の中で、ポッドとセラピードッグが繋がり、トレーナーの元で、一緒にセラピードッグを目指すことにしました。

方向転換など、ポッドにとっては難しいことを求めているのではないかと、トレーニングの都度悩みました。

健常の犬よりも時間はかかりましたが、頑張ってセラピードッグ認定試験に合格しました。

ポッドは可哀想なだけの犬ではなく、人を癒す犬になりました。

セラピードッグとして病院に招かれ、入院患者様と触れ合いました。小中学校で命の授業もやりました。

ポッドは注目され、皆に喜ばれるようになりました。

が、直に、それは私の、ポッドを特別な犬にしなければというエゴかも知れない、ポッドはそんなことを望んでいない、そんな思いに行き詰まりました。

そして、ポッドの幸せは、ありのままで愛されることだと気づき、セラピードッグを断念しました。

辛い時期を乗り越えたあと、大きな成功体験を教えてください!

セラピードッグを止める前に、ポッドの頑張っている姿がNHKに取り上げらました。

取材当日の朝、私を赤面の恐怖が襲ってきました。

逃げたい気持ちでいっぱいになりました。

カメラの前で赤くなったらどうしよう…。

私は【心の声】は何て言っているか聞きました。

「伝えられない方が嫌だ、赤面してもいいから、ちゃんと伝えよう」そう叫びました。

自分を丸ごと受け入れる覚悟が決まった瞬間でした。

全ての取材が終わり、取材陣が撤退した時には、既に夜になっていました。

そこで初めて私は、今日一日必死で、赤面のことを少しも考えなかったことに気づきました。

そして、中学1年の私はこうだった、赤面恐怖症になる前の私、こっちが「本当の私」だったんだ!!と、思い出しました。

不思議なことに、その日を境に私の赤面恐怖症はピタリと消えました。

35年も続いていた囚われから、たった1日で解放されたのです。

2021年2月4日、この日の出来事は一生忘れません。

私にとって、第二の人生スタートの記念日になりました。

その後、面白いように人生がどんどん展開していきました。

NHKの番組が放送されると、それを観ていた保護犬団体の代表から映画のオファーがありポッドと出演しました。

映画は後にDVDとなり、全国の小中高校へ配られ、命の授業で使われることとなりました。

環境省・文部科学省が後援する保護犬ポスターにも協力し、現在全国2万の公立学校に貼られています。

赤面恐怖症という囚われが外れた後の私は、別人のように、勇気の鍵で挑戦の扉をどんどん開け、やりたいことをやるようになりました。

ゴスペルを歌い、コンサートステージに立ちました。インドダンスでステージに立ちました。

モデル事務所にも所属しました。

ライブ配信に挑戦し、歌を届けました。そして、今、ミセスユニバースジャパン2024へ挑んでいる自分がいます。

人生でこんなチャンスが与えられるなんて信じられません。

全てが奇跡に感じます。

私の現在と、ミセスユニバースジャパンを通して社会に伝えたいこと

私は現在、自分の人生を元にした絵本づくりをしています。

これは、ファイナリストになる前から始めたことですが、既に出版が決まっています。

最終ページはミセスユニバースジャパン2024のステージです。 赤面に悩む主人公のようちゃんが、「助けたい」という【心の声】で、それまでの生き方を変え犬探しを始めることに。その先で囚われが外れ本当の自分に戻り、見失っていた夢を思い出し、大舞台に立ち夢を叶える。

という内容です。

私は、絵本を持ち【小中高校】【少年院】を訪問します。

【小中高校へ訪問】 赤面症・赤面恐怖症は、殆どが思春期の赤面体験を指摘されたことにより発症します。

先生の「顔が赤いよ」という一言で発症した児童もいます。

赤面恐怖症になった子どもは、その後生きづらい人生を辿ります。

ですので、先生方への理解を深めていきます。

また、赤面する自分は悪くないことを子ども達に伝えます。何があっても【心の声】を聞きながら、夢に向かって生きて欲しいという願いを込めて回ります。

【少年院へ訪問】 出演映画「吾輩は保護犬である」のDVDは47都道府県で2万の公立小中高校の命の授業で使われます。

それと絵本を持ち、両面から命について向き合います。

保護犬からは、自分以外の命を守る尊さを。

絵本からは【心の声】を大切にし、自分の命や人生を、大切にして生きて欲しいと伝えます。

【囚われている方へ】 赤面恐怖症だった私が、ミセスユニバースジャパン2024へ挑戦する姿は、現在、セミナーの講師を通して、社交不安障害で苦しむ人達にリアルタイムでシェアしております。

勇気づけられる、希望の光になっていると、嬉しい報告をいただきます。

【自立支援サポート】 ミセスユニバースジャパンが終わった後、勇気の挑戦という経験を持って起業する為に、現在準備を進めております。

働きたくても「私なんて…」と躊躇している方達、赤面恐怖症以外の囚われ外しもお手伝いし、自立支援の後押しをして社会へ貢献します。

そこでは、スキルアップの支援、メンタルケア、企業と人とを繋ぐ役目として仕事を提案し、働き出した後も寄り添いフォローします。

対象は、子育て世代のママ・シングルマザー・シルバー人材・透析患者、等々で、最後まで寄り添うオーダーメイドのプロデュースをします。

最後に一言

私は、1月のビューティーキャンプを前にして、顔面神経麻痺になりました。

回復が間に合わず、コンプレックスを抱えたままキャンプに参加しました。

自分以外の人達が、凄くキラキラして見え、私はもうダメだな、もう辞めてしまおうかと思いながら帰りました。

一旦は諦めかけたものの、今の私だからこそ伝えられるものがあると、180度見方を変えてみたところ、ピンチがチャンスに変わりました。

コンプレックスに負けず挑戦する姿を見て勇気に変えて欲しい。

与える人になる為エントリーしたのを思い出し、そこへ立ち戻ることができました。

ファイナリストとして、私はコンテストに不利な状況かも知れません。

ですが、挑戦を諦めない自分は、私が1番気に入っている「自分らしさ」です。

生きる上で大切なことは、完璧でいることよりも、何をしたいか【心の声】に自分がちゃんと気づけていること。

どんな時も自分らしくいられること。

自分で自分をジャッジせず、全ての自分を丸ごと愛せること。

元気が出ない時は、頭で考えることを一旦止めて【心の声】に耳を傾けてみてください。

本当の自分が望んでいることは何なのか、その声に気づいてあげてください。

人生における成功は、最期の瞬間、何も後悔ないこと。

「いつからでも挑戦していい!!」本当に望んでいることに気づいたら、一歩そこから踏み出してみてください。

新たな扉が開きます。

そして、あなたらしく進んでみてください。

その姿は、きっと誰かの生きるヒントになります。

真に美しい人は、人に与えられる人。

それは、あなたの生き方に宿っていると信じます。

輝きは全て自分の中にあります。

私は輝いていると感じるからこそ、外側でも輝き出すのです。

誰でも輝ける ~勇気の鍵で挑戦の扉を開ける~ 心から応援しています。

北原洋子さん】インスタグラムはこちら!

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7/23(火)の日本大会開催まで、一人一人が様々な形で努力を続けています。

ぜひ皆さまも応援お願いいたします!

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