ミセスユニバースジャパン2022ファイナリスト

【Mrs. Universe Japan 2022 Finalist】No.07 岡村 佳香 Yoshika Okamura ~DV経験から米国大使館のVIPチーム代表の一員になるまでの道のり~

皆さまこんにちは。

7/15(金)に行われる、ミセスユニバース日本大会ファイナリストの皆さまをご紹介しています。

ミセスユニバースはWomen Empowerment =女性の社会進出をテーマに行われている大会です♡

こちらの記事では、数多くの応募者の中から、ファイナリストになられた皆様について紹介いたします!

岡村 佳香さん】プロフィール

マネージメントスペシャリストとして2人の子供を育てるシングルマザー

はじめまして。

ミセスユニバースジャパン2022ファイナリストの岡村佳香と申します。

私は女性の枠を打ち破り、常に前に向かっていく女性のロールモデルとして発信していきたいと思っています。

ミセスユニバースに応募しようと思ったきっかけ

今の自分で足らないところを見つけて、

新しい自分にアップデートできるチャンスだと思ったので、応募しました。

DV経験から米国大使館のVIPチーム代表の一員になるまでの道のり

人生で悩んでいた時期について教えてください

アメリカに住んでいた時の最初の結婚から始まります。

結婚前にお付き合いをしていた時は最高の恋人だった人が結婚式の夜、急に変わりました。

それまで本当に優しかった彼が急に見たこともないような表情になり、いきなり私を殴ったり蹴ったりするようになりました。

体中痛くて起き上がれず泣いている私に、彼は子犬のような目をして涙を流しながら、実の父親が母親をDVしているのを見て育ったから、自分のせいではない、もうしない、と謝ってきました。

何よりも混乱している自分の頭が、「人は変われる、私が支えてあげよう」と思い、不安な中でもとどまる決心をしました。

その後、虐待はひどくなり、身体だけでなく精神的虐待、言葉の暴力、レイプなどが3年間続きました。

その中で徐々に自尊心や自信も全くなくなり、相手にコントロールされて生きているようになったのを覚えています。

逃げ出そうとして3回シェルターに入っても仲間を使って呼び戻され、最終的に自分がどうしていいかもわからない境地にいました。

今思えば完全にマインドコントロールされていたのですが、その時には生きることに精一杯で自分が何者なのかすらわかりませんでした。

久しぶりに実家に帰った時、母から泣きながら「昔の貴方がいない」と言われたことが私の中で何かがはじけた瞬間でした。

その後日本に戻るか、アメリカでそれでも暮らしていくか本当に悩みましたが、残って生活をする決心をしました。

苦しい思いをしながらも希望の光はありましたか?

その後ハワイに移り、しばらくはトラウマに苦しみましたが、徐々に自分らしさを取り戻してきました。

JTBに勤め始めてから、空港ではいろいろなお客様と出会いました。

旅行気分のほとんどのお客様は楽し気で、ニコニコしていらっしゃいますが、時々扱いにくく、怒っていたり不満があるお客様もいらっしゃいます。

当たられることもあったり、嫌な態度や棘のある言葉を放つお客様もよくいました。

同僚はよく怒っていましたが、私はその前の結婚生活の経験から、怒りに対して冷静に対応できるスキルを身に着けていたらしく、

どんなに不機嫌なお客様も、その方の気持ちに寄り添い丁寧に対応することで最後は笑顔になり、残りの旅行を楽しんでいかれました。

お帰りの便の際、空港で会うと私の顔と名前を憶えて頂いていることが多く、とても感謝されました。

その様子を上司が見ていて、感謝状を頂きました。

その時に、「貴方はとても優しく、強い女性ですね。どんなお客様でもきちんと向き合える。素晴らしいです。」と言われたとき、はっとした自分がいました。

それでも、なかなか上手くいかなかったことはありましたか?

その頃、2年ほど付き合っていた彼と2度目の結婚をしました。

とても優しく思慮深い彼で、私の過去の経験も理解してくれていました。

ハワイという気候も手伝い、明るい気持ちでいられる日も多くなりましたが、パニック障害を発症してしまったせいでうつ病にも苦しみ、不眠症になりました。

同時に体調に異常をきたし、職場で3度倒れたのですが病院に行っても原因がわからない、と言われる日が続きました。

ある日、強い痛みが続き外科の先生に診てもらったら、胆のうが3倍に腫れているといわれ手術で全摘をしました。

その際、小腸と大腸が癒着している箇所があったから切り離したからね、と言われたので原因を聞くと、よくボクサーがなるんだよ、おなかを強く殴られているとそうなる。と伝えられ、昔の辛い記憶がよみがえりました。

そこからパニック障害と不眠症がひどくなり、寝込むことが多くなりました。

心では立ち直ったと思っていても、体に症状が残っていたんだな。虐待はどこでも起こっているのに、加害者はなにも感じないのだろうか、と考え、虐待やネグレクトのボランティアをしたいと考え始めました。

辛い時期を乗り越えたあと、大きな成功体験を教えてください!

日本に帰国したのち、DVの加害者の人たち、被害者の人たちそれぞれを助けるボランティアに入りました。

加害者の人たちの会は、自分たちのしてきたことを後悔して、人の痛みがわかる人になりたい、と頑張っている人たちです。

そこで行動認知療法のことを知りました。

のちにアメリカでプラクティショナーとしてのライセンスを取得するきっかけにもなります。

ある日、生活が落ち着いてきたころ、気づいたことがあります。

それは、あの地獄のような生活の前と今の自分を比べた時、確実に現在のほうが人に寄り添うことができる自分になっていること。

人を尊重し、すべてを受け入れ、人に与えることができる柔軟な女性になっていることに気づきました。

その後、通訳・翻訳など得て、駐日米国大使館・領事館にて女性として日本では初めてのVIP運転手になりました。

その後、アメリカで1週間のトレーニングをうけ、防弾車運転手のライセンスを取りました。

このトレーニングは特殊なトレーニングで、世界でも女性は2人しか取得しておらず、私は3人目でした。

ほかの2人はアフリカの女性らしく、先進国での最初の女性装甲車ドライバーは私でした。

運転手という男性ばかりの世界で、いきなり出てきた女性ドライバーにほとんどの方が驚き、また女だから運転下手でしょ、とか、女だから、と卑下され、従来の枠に入れられとても悔しかったです。

その頃、ちょうどアメリカでもWomen Empowermentの動きが強くなってきました。

わたしはそのロールモデルとして、福岡の新聞や雑誌の記事、北九州での男女参画企画フォーラムからもお声がけいただき、記事を書いていただきました。

熊本大学では「米国領事館で働く女性たち」という場でスピーチもさせていただきました。

その頃は再びシングルマザーとして娘を一人で育てつつ、男性顔負けの仕事をしていたことから、記事を読んだ人、スピーチを聞いてくれた方、いろいろな方から、

「勇気をもらった。」「頑張ろうと思った。私でもできるかな。」「私もシングルマザーだけど、挑戦できることを学びました。」などお言葉を頂き、これからはこの道で発信していきたい、と強く感じました。

歴代の大使にも気に入られ、大使付きのドライバーに、とのオファーも何度か頂きました。

ケネディー大使には大変気に入られ、女性特有の気遣いとやさしさがある、と仕事でほめて頂いたことが何回もあります。

その後、東京米国大使館に戻り、人の上に立つ地位につき、日々の管理業務に加え、大使の動きやセキュリティを管理・サポートしたり、G7, G20,APECなどの大きな国際会議がある際は、

日本のトランスポテーション・リードとして大統領や副大統領、各省の省長の訪日を各地でサポートさせていただきました。

多くの賞を頂き、同時に一生の友人といえる人たちにも出会えることができました。

私の現在と、ミセスユニバースジャパンを通して社会に伝えたいこと

今、世界でもダイバーシティが注目されています。

私は本当の意味での相互の尊重、個性を生かすことができる環境作りを実現したいと強く願っています。

ミセスユニバースのコンテストを通じて、女性が女性であることを讃えながら、小さなことでも挑戦し続けることで世界を広げていき、

お互いに価値を与えつつ共に輝けることができる世界を作るきっかけになることを信じています。

最後に一言

チャンスが来た時に掴める自分でいましょう!

【岡村 佳香さん】インスタグラムはこちら!

https://www.instagram.com/yoshika.japan/

7/15(金)の日本大会開催まで、一人一人が様々な形で努力を続けています。

ぜひ皆さまも応援お願いいたします!

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