皆さまこんにちは。
7/7(金)に行われる、ミセスユニバース日本大会ファイナリストの皆さまをご紹介しています。
ミセスユニバースはWomen Empowerment =女性の社会進出をテーマに行われている大会です♡
こちらの記事では、数多くの応募者の中から、ファイナリストになられた皆様について紹介いたします!
【内田タミカさん】プロフィール
世界で活躍!美のスペシャリスト
初めまして!
ミセスユニバースジャパン2023ファイナリストの内田タミカです。
ミセスユニバースに応募しようと思ったきっかけ
私はイメージコンサルタントとして、ファッションやヘアメイク、立居振る舞いなど、あらゆる面からクライアントの魅力を引き出し、自信を持って輝けるようにサポートする仕事をしています。
ミセスユニバースのコンテストに応募した理由は、私が今まで培った美の知識と経験を最大限に活かし、自分自身の可能性を広げるネクストステージへ行きたいからです。
また、日本中、世界各地から集まった素敵な女性達と出会い、お互いに刺激しあい、新しい発見ができる貴重な機会であると期待しています。
夢を叶えるグローバル美人の行動術
人生で悩んでいた時期について教えてください
私の人生初の壁は、17歳の時にアメリカの高校へ交換留学した時でした。
留学を決めた理由は、校則の厳しい女子校が肌に合わず学校へ行くのが嫌になっていた時、当時流行っていたアメリカのドラマ「ツイン・ピークス」を観たことでした。
こんなに面白いものが作れる国へ行ってみたいと思ったから!
決心した次の日には高校へ登校し、留学の準備を始めました。
交換留学の試験では発言力と本番での強さを発揮し、無事にアメリカ留学への切符を手にしました。
英語の勉強が好きじゃなかった私は、英会話もできないまま、期待で胸を膨らませホストファミリーが待つアメリカへ向かいました。
ところが、着いたその日からカルチャーショックを受けました。
私が想像していたアメリカはファッショナブルなニューヨークシティかビキニでローラースケートをしているカリフォルニアの高校生活。
アメリカの田舎の小さな町での生活は見るもの、聞くもの、食べるもの、全てが日本で夢見たものとは違ったのです。
また、日本人の大好きな美白肌やストレートヘア、可愛い格好はアメリカでは全く通用しませんでした。
高校では唯一の有色人種だった為、歩いていると振り返られる毎日。
ランチタイムのカフェテリアでは自分の居場所を見つけることが出来ず、トイレでこっそりとスナックをかじって済ませたことも何度もありました。
それでも、アメリカ人の友人を作り、世界中から来ていた同じ立場の留学生や温かいホストファミリーに支えられて毎日を過ごしていましたが、半年弱でストレスのピークに。
その頃には夢の中でも英語を話していましたが、悩んだ末、留学途中で日本への帰国を決意しました。
ホストファミリーとのハグに寂しさと悔しさで涙を流しながら、アメリカから日本へ帰りました。
生まれて初めての挫折を痛いほど味わった、アメリカ留学でした。
苦しい思いをしながらも希望の光はありましたか?
帰国した当初は、アメリカでの生活を思い出すと吐きそうになるくらい悔しかった私。
しかし、日本人が誰もいない状況で過ごした留学生活のおかげで、度胸と積極性がつき、留学前よりも格段に英語を話せるようになっていました。
日本で家族や幼馴染に支えられ、少しずつ自信を取り戻した私は、再度、アメリカの大学へ留学することを決心しました。
2度目のアメリカ留学生活は前回とは違い、毎日がとても充実していました。
大学での勉強はとても大変でしたが、 アメリカ人の友人達や世界各国からの留学生達と夢や目標を語り合い、お互いに刺激を受け成長していきました。
得意のアートやデザイン能力を認められ、大学院への進学も決まり、自分の可能性がどんどん花開いていきました。
そして、アメリカ留学中に長年の夢だったモデル活動をスタートさせることが出来ました!
アメリカは多様性に富んだ国、モデルにも多様性があることを求められます。
金髪長身のアメリカ人モデルが競い合う中で、私は黒髪と薄い身体のアジア人の特性をフルに生かし、160cmの身長ながら、小さな洋服のサイズを着こなすPetite-Modelとしてファッションショーへの出演をたくさん経験しました。
アメリカの文化を受け入れたこと。
アジア人の私を受け入れやすくなる様に、アメリカ人が好むファッションやヘアメイクを研究していたこともアメリカ生活での成功の要因です。
それでも、なかなか上手くいかなかったことはありましたか?
バラ色の留学生活の終盤、9.11事件が起きました。
辛く悲しい事件をきっかけにアメリカの経済が不況に。
留学生の私がアメリカで仕事を探すのは難しく、またもや悔し涙を流しながら日本へ帰国することになりました。
今とは違い、日本の大学を卒業していない留学生の受け入れ態勢は大変厳しいものでした。
思春期のほとんどをアメリカで育った私は、考え方や行動がアメリカ人に近く、日本では完全にエイリアンの存在になっていました。
逆カルチャーショックを受けた私は、アメリカでの生活が恋しくて、日本の良さを全く受け入れることができませんでした。
寂しさを紛らわす為に、着物の着付けやフラワーアレンジメントなどの趣味を始め、秘書をしながらモデルとウォーキングインストラクターとして活動を開始しました。
しかし、英語を使用しておらず、このままではいけないと感じていた頃、外国人が多く働く多国籍の会社で仕事を始める事になりました。
忙しくなってしまった為、大好きなモデルの仕事を辞めて会社員の仕事に専念しましたが、心の中では何かが欠けているようなモヤモヤ感に悩まされていました。
辛い時期を乗り越えたあと、大きな成功体験を教えてください!
仕事に没頭して、毎日が慌ただしく過ぎていたある日、「40歳の時にフィニッシングスクールを作る」という夢をふと思い出したのです。
もう一度、ワクワク・ドキドキしたい!
大好きなファッションと美容で、綺麗になりたい人を応援したい!
そこからは、一念発起して猛ダッシュ!
ファッションやスタイリングを学べる7つのスクールへ通い、超難関試験と言われる骨格診断協会認定上級ファッションアナリストをはじめ、16もの資格を取得しました。
2017年には晴れて、イメージコンサルタントとして起業することが出来ました。
アメリカと日本で培ったモデルの経験と知識を使い、パーソナルカラー・顔タイプ・骨格診断の3つの理論で、お客様が「一番綺麗になれる」ファッションとヘアメイクをご提案。
さらに、立居振る舞いやウォーキングレッスンでお客様をトータルプロデュースしています。
また、ファッションのコーディネート力を身につける「ファッションカレッジ」の講師としても活躍し、大人数のクラスを担当することができました。
イメージコンサルタントとして活動し、ファッションやメイクを変えることで自信がつき、夢を叶えていくクライアント達が誇らしく。
「美しくあること」が人生にもたらす影響の大きさを感じています。
私の現在と、ミセスユニバースジャパンを通して社会に伝えたいこと
私は、美容とファッションが大好きでその力を信じて、イメージコンサルタントとしてのキャリアを積んでいます。
しかし、多くのクライアントと接していく中で、外見だけでは解決できない問題があることに気づきました。
そこで、コーチングを学び、目標を叶えたい人たちを応援しています。
人生は一度きり。
あなたには、やりたいことや夢がありますか?
目標を見つける為には自分自身と向き合い、自分の中の答えを見つけることが大切です。
目標が決まったら、それを叶える為に行動するのみ!
自分の夢を叶えるために、一歩ずつ前進して大きく羽ばたきましょう。
最後に一言
【美しくなりたい】という想いは、とても大切です。
なぜなら、今よりも綺麗になりたいと願う気持ちは、成長したいという前向きな気持ちだからです。
目標に向かい行動して美しくなったあなたは、きっと今までよりも笑顔になるでしょう。
その笑顔が周りの人たちをも笑顔にし、HAPPYにして行きます。
美しくなったあなたは自信がつき、前よりも行動するのが早くなります。
そして、どんどん人生が良い方に変わって行きます。
元気がない日は、お気に入りのファッションを身につけたり、 いつもより明るいチークやリップを塗ってみてください。
きっと、あなたの笑顔が戻っているはずです。
あなたが輝くことで、周りの人たちも幸せになります。
夢を叶えて、笑顔で毎日を過ごしていきましょう!
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7/7(金)の日本大会開催まで、一人一人が様々な形で努力を続けています。
ぜひ皆さまも応援お願いいたします!
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