皆さまこんにちは。
7/28(火)に行われる、ミセスユニバースジャパン2026ファイナリストの皆さまをご紹介しています。
ミセスユニバースはWomen Empowerment =女性の社会進出をテーマに行われている大会です♡
こちらの記事では、数多くの応募者の中から、ファイナリストになられた皆様について紹介いたします!
【古瀬愛華さん】プロフィール
心の保健室を創る元看護師2児の母

初めまして!
ミセスユニバースジャパン2026ファイナリストの古瀬愛華です。
ミセスユニバースに応募しようと思ったきっかけ
40歳という節目の歳を迎え、30代専念してきた子育てにも心の余裕が出来た時期、新しいことを始めてみたいと思っていたタイミングでお声がけ頂いたのがミセスコンテストでした。
コンテストに対して漠然と『自らの美しさに自信のある人たちが、大会側が求める外見的な美を基準として順位を競い合う場』という印象を持っていましたが、『最初から完成された固定観念的な美しさの順位を付けるのが目的ではなく、各個人が自分らしい美しさを探し、共に学んでいく大人の部活動のような場』と説明を受け、わたしも自分らしい美しさを探して、一緒に学び、支え合える仲間を作りたいと思いました。
また、ミセスユニバースが掲げる『競争ではなく共創』の理念に惹かれたことも参加の理由です。
既存の美しさの概念を押し付けられるのではなく、自分らしい美しさを創造していく。
そして、自分とは違う仲間たちの美しさを認め合い、支え合いながら作り上げるステージを地方大会で実感しました。
次は北海道から日本のステージへ。
世界が広がっていく感覚を今も楽しんでいます。

ケアからクリエイト、納得の人生へ
人生で悩んでいた時期について教えてください
中学時代に自宅で父が突然病に倒れ、生死を彷徨いました。
看護師であった母の適切な判断と行動により父は一命を取り留めましたが、この出来事を機に自分も母と同じ看護師となることを決意。
大学で看護師と保健師の資格を取得し、兼ねてより希望していた大学病院に勤務しました。
しかし、実際の看護の現場はとにかく多忙。
患者さん1人1人と向き合う時間が取れず、三交代の激務で生活サイクルも体調もガタガタ。
元々『自分のしたいこと』より『自分がしなければならないこと・すべきこと』を基準に物事を考えてしまう性格も相まって、ケアを必要としている患者さんと対峙しながら自分の理想とする看護を実践出来ていないと感じることに強い焦燥感と無力感を感じていました。
『全てを自分で、一部のミスもなく完璧にやりとげなくてはいけない』
医療という人の生命が関わる現場の中で、それは確かに1つの真理です。
しかし、当時のわたしはそれを自分に課すあまり、その重圧に耐えられなくなっていました。
苦しい思いをしながらも希望の光はありましたか?
当時同じ職場に勤めていた夫から言われた言葉です。
『全てを1人で背負わなくていい。完璧じゃなくていい。志したことを絶対に続けなければいけないわけではない』
幼い頃から常に優等生でいなければならない、期待される役割や仕事を1人で完璧にこなさなければならないと思っていたわたしにはあまりにも衝撃的な言葉でした。
しかし、この言葉をきっかけに
『理想通り完璧ではなくても1つ1つの事柄に向き合えた自分』
『手が回らないことは周りに頼ることができた自分』
そして『自分にも他人にも完璧を求めない自分』を許せるようになりました。
考えてみれば、わたし1人の頭の中で考えたことが必ずしも全世界の普遍的な正解であるとは限りません。
それぞれの強みと同時に弱さも認め合い、支え合いながら共に生きていくことが人の社会だと思うことが出来るようになりました。
結婚と転居を機に看護の臨床から離れましたが、生きることや医療に対する考え方は自分の思考の基礎となりました。
これを挫折や失敗だと思ったことはなく、むしろ重要で貴重な学びだったと感じられることは、わたしの人生の財産です。

それでも、なかなか上手くいかなかったことはありましたか?
結婚後は出産と子育てに向き合うと決意していましたが順当にはいかず、20代半ばから不妊治療を決断。
本来生物として自然に出来ることが何故私には出来ないのだろうと絶望する時もありましたが、培ってきた医療の知識と考え方に支えられながら治療に取り組み、幸いにも第一子を授かりました。
しかし壮絶な悪阻と臨月を待たずしての緊急出産、誕生した長男は呼吸状態が悪く出生直後からNICUで呼吸器管理と、妊娠出産経過も穏やかなものではなく、ようやく退院した後も常に泣き続ける子と2人きりの生活に、心身ともに疲労が限界に達していきました。
巷に出産や育児に関する情報は溢れているのに、正解が全くわからない。
調べる程不安が強くなると同時に、母親という存在がいかに『こうでなければならない』『こうあるべきだ』という社会規範や周囲のジャッジに晒され、人格を無視され、母親という役割の遂行だけを求められているか痛感する日々でした。
看護師として多くの患者さんから『自分で意思決定することが人生の満足度に繋がる』と学んできたにも関わらず、自分は何者なのか、何をしたいのかわからなくなる。
自分が望んだことなのに辛いと思ってしまうことが辛い。
『母親なのだから当たり前』『全ては自己責任』という世間からの辛辣な言葉を、母親だけがぶつけられることに強い憤りを感じるようになりました。
そしてそれは、『母親だから』だけでなく『女だから』『娘だから』『妻だから』と言葉を変えて世の中に蔓延っていることに気付きました。
辛い時期を乗り越えたあと、大きな成功体験を教えてください!
『全てを自分1人で背負わなくていい。周囲を信頼して頼っていい』
全く完璧ではなく、弱音を吐き、時に迷いながら、戸惑いながら進むわたしを支えてくれたのも、家族や友人たちでした。
母親という役割の中にあってもわたし自身の意思を尊重し、忙しい日常の中でも1つ1つの選択を自分で決定することを認め、最大限にサポートしてくれました。
わたしは女性で、娘で、妻で、母親であると同時に『わたし』という無二の存在です。
世間のどんなジャッジに晒されても、わたしを『わたし』として受け入れてくれる人の存在が何よりもありがたく、あたたかく、幸せであることを実感しています。
周囲に支えられながら子どもたちの幼少期に全力で寄り添い、向き合えたことは決してわたしだけの力では成し得ないことでした。
心より感謝しています。

私の現在と、ミセスユニバースジャパンを通して社会に伝えたいこと
わたしは人より特別優れた点も、誇れるような実績も持ち合わせていない普通の主婦です。
けれど、華やかでも煌びやかでもない日常にわたし自身が選び抜き、周りに支えられながら築いてきた幸せがあることを知っています。
世間の厳しい目や社会規範に晒される中で、自分の心のまま生きることは難しいことです。
こんなことを言ってはいけない、望んではいけないと、悩み、迷い、時に自分の気持ちを見失ってしまうこともあります。
しかし、期待される役割に準ずることが必ず幸せとは限りません。
どんなに親しい間柄でも他者を完全に理解することは難しく、自分の幸せの答えは自分の中にしか存在しません。
わたしは、今まで学んだ傾聴の技術を元に心の声を聴く『心の保健室』を創ります。
世間の声を一旦横に置き、取り繕わない気持ちをそのまま言葉に出来る場です。
そこには批判も、ジャッジも、アドバイスも存在しません。
弱音を吐いていい、頼っていい、世間の正しさにこだわらなくていい。
ずっとしまい込んできた、もしかしたら自分ですら気付かなかった心の声を言葉という形にして外に出すというアクションは、人生の自己理解と納得に繋がります。
幸せとは、自分の人生に納得出来ること。
自分を尊重出来るからこそ、違う価値観を持つ他者のことも自分と同じく尊重することが出来るようになります。
自己尊重から始まる幸せの循環こそ、現代社会に最も必要なものだと考えます。
最後に一言
『心の保健室』は、必ずしも行動変容することを目的とはしていません。
心の声に気付くことで行動が変わる人もいますが、行動は変わらずとも自分自身の『今』に納得できることで心持ちが変わる人もいます。
悩んだ時、立ち止まった時、誰かが提示した正しさへ導く場ではなく、その人らしい人生を自らクリエイトできる場を目指して。
ケアからクリエイトの人生へ。
大丈夫。
あなたの幸せも、あなたの中に存在します。

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